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zoom RSS セリサイト続き 保育園編1

<<   作成日時 : 2018/06/27 17:21   >>

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2016年3月に始めてセリサイトの記事をアップしました。
それから5回、最後は5月の終わりの計6回を書いて、それきりになってしまっていましたが、もういい加減書いとかないと人生それこそ何が起きるかわからない・・・

ということで、とりあえず保育園・学童保育を軸に頑張ってみます(^_^)/
というのも、ちょうどあのころのことを以前エッセーにして何編かにまとめたのが手元にあるので。抜粋してみることにしました。
ではさっそく。

     〇山保育園で

待ちに待った保育園入所でした。長男は2年間で、次男は3年間(途中で住居は変わりましたが)在園。
家からほんの数十メートル先にあり、便利でした。土曜日曜は園庭が開放されていたので、一週間のほとんどをこの園庭ですごしました。
保育園の行事で保護者の参加が必要なときは年に数回程度、それもあってこの〇山保育園そのものの記憶は薄いです。
(この頃はやっと子供たちが保育園や小学校にあがったとはいえ、入院中の家族の介護と育児、底がつきかけてきた経済の心配と、対策実行で忙しくしていましたから)

入所した翌年の夏、近くの道路で遊んでいた次男が道路脇の側溝に落ち、いっしょにいた長男が息せき切って知らせに来たので飛んでいきました。
次男は顔中血だらけで大泣き。近くの外科にひっつかんで連れて行きました。その三センチほどの額の傷は今も茶髪の間から覗いています。
ところがその傷、完治するまでが大変で、保育園で転んだりふざけていて机や椅子の角に、ご丁寧にそこばかり当てるのです。
治りかけてもそれですから傷は閉じたり開いたりの繰り返し。最初は傷跡が残ったらかわいそうと外科にせっせと通いましたが、通いがいがないので途中でやめました。生傷の絶えない保育園時代を送った次男でした。
長男も活動的で活発でしたが不思議とケガには無縁でした。一度、ものすごい大型のじんましんがでたくらいで。
姉と弟に挟まれた真ん中の長男でしたがほんとうに赤ちゃん時代から手がかからない子供でした。その長男のお別れ遠足が三月にありました。
貸し切りバスの座席に並んで座ります。その時の長男の嬉しそうな顔。始めて見るとろけるような笑顔。
この新発見で、三人ひとからげとは別に、一人一人との時間を意識して持つようにしました。

長男が年長組になった年の秋、私たちは百メートルほど離れた借家に引っ越しました。このころには車も手放していて家賃の節約もしなくちゃならず、大家さんに相談したらポロいけれど格安だからと別の借家を紹介してもらいました。駐車場なし・日当たりなし・トイレも水洗から昔式のくみ取りへとあきらかなランクダウンでした。
長女と長男の学区は、道一本の差で変わりましたが、このまま学校へは届けなしですまそうと考え、しらばっくれていました。
ところが翌年1月下旬だったか学校の家庭調査があり、しぶしぶ現住所を書くはめになり、そうしたらやっぱり学校から連絡があり、隣の小学校へ移るようにいわれました。
もう少しなのでどうかこのまま同じ小学校へ通わせてほしいと頼みましたが、教育委員会の調査が入るので、すぐに変わって欲しい・・・なんだか学校にも見捨てられたようでした。なにくそ、それなら私が護るからいいよと強がっていたことを思いだします。
このおんぼろ借家時代、やっと離婚が成立しました。



本当にいろいろありましたね、でも若かったなあと。


訂正)

ぼろ借家に引っ越したのは、長女小学校三年、長男同一年、次男はやっと年少組になった年・・・でした。
時期も夏休み前でしたから越境通学期間は4ヶ月ほど。二学期始め、学校から児童の居住調査があるお知らせがきたのでした。

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