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zoom RSS ※離婚は結婚より難しい!?

<<   作成日時 : 2018/08/09 01:21   >>

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そもそも私たちが母子家庭になったのは、離婚したからです。理由はひと口では言えない。それぞれにはそれぞれ固有の原因があるのです。

離婚したとき学生時代の友の言葉。「pupuはほんとにばかだよ、なにもわざわざ苦労することはないのに」と。
今まで通りならの援助は双方の実家から提案されていたのです。それが今ならちょっと魅力的かも〜〜
なんと家を建ててやる。生活費もくれてやる。ですよ。

それでどうなる?と立ち止まっちゃったのが運の尽き。子供たちにはつらい思いをさせたけれど、これは私の問題でした。主語はわたし。子供たちはそんな私の後からついてくると、信じて疑わなかった。

切羽詰まった問題はまずは経済的にこのままでは破綻必定、貯金は底をつくし車も売った。もちろん元夫の病が真性の躁鬱。入退院の繰り返しで最後は私が世帯主で元夫を文字通り扶養していました。それでも破綻する寸前。当然です。生活保護は全然考えの範疇になく、あとは独り立ちして子供たちを扶養するしか手はなかった。
若いというのは、親世代から見たら無茶苦茶にうつるんですね。今も同じかも・・・

もうひとつの理由。
じつは故人の名誉に関わるかもしれないけれど、これは人格に関係なく、病が原因のこと。と、今はそう認識していますが若かりし頃にはとてもとても。

長男が元夫とそっくりでした。で、躁状態、鬱のときにかかわらず、長男への暴力が始まっていました。
理由が「自分とそっくりで見てると腹が立つ」・・・
しかもずっと、発病後すぐからでしたから長男はその間暴力の嵐にさらされてました。しかも私の目のないところで。泣き声にすっとんでいくともう終わってる。毎日毎日でした。こんなこと、誰にもいえませんでしたね。まさかって。

で、私がついに切れた。こんな父親なんかもういらないって。最後の方には私への暴力もありました。子供たちの前での暴言暴力。でも母は強しで、むしろこれで長男への攻撃が止んでくれればいいと思ってましたが、違った。倍になっただけ。

はい、そこまでと踏ん切りつけるまでに課したのは3ヶ月だけ待つという選択でした。でもそれもあっという間に。
子供への暴力にはたとえ病が原因であっても許せなかったのです。救ってやれなかった無力な自分にも腹が立ちました。

離婚表明で大揺れになりました。そりゃそうです、じゃあまだ治療中の元夫は誰がどこへ?もありましたが、なんと義母が引き取り拒否。そのころ元夫は一人暮らしでパート勤務ができてましたので(長男への暴力のため私が同居拒否!)、元夫の同僚たちの奔走で先輩の病院へ勤務すると同時に寮に入りました。
でも、義兄を泣かせてしまった。クリスチャンで真面目だった義兄のことは近いうちに書きます。

とにかく離婚は結婚よりも何倍ものエネルギーがいる。あ、その後の再婚もそういえばかってないほどの大嵐でしたが。
とにかく修羅場は修羅場、くぐり抜けた後はいっときであっても爽快感すら覚えてました。脳内麻薬のおかげかな。

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