親は親でも父は父性は・・・

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人生再々度の決意をせざるを得なくなってきた。
この上また新たなスタートがきれるのかどうか、不安の中にいます。
この一年余、孫の所在について、将来を見据えた安定の中に置いてやりたいというこちらの希望と、いやいやそれは出来ないと言う孫の父親Y君との交渉も、解決を見いだせないまま時だけが過ぎました。

こんな状態が13歳の思春期孫にとって良いはずもありません。当然のごとく心は荒れ、ぶちまける相手はじじばばしかなく。
そんな膠着状態をなんとか出来ないかと手紙を出し電話でも話しあい・・・それでも最後までY君の親としての責任ある言葉は聞くことができませんでした。
あるのはただただ、自分の気持ちだけでした。

父親って、なんでしょうか。人それぞれということは解っていますがそれにしても。
人はみな、ふつう父と母に育ててもらいます。自分の母や父を手本にしたりたたき台にして、自分の子育てをします。そんな大切な時期に我が子と離れなければならなかったY君は不幸でした。私たちの申し出(娘の病が元ですから孫を引きとったのですが)を受け入れてくれたのは感謝しています。ただ、長男の子供だからと、Y君の実家に預ける話は最後まで出なかったのですが。

それでも始めは、とりあえずということで引き取りましたが、二人が離婚したのでは、揃って孫を迎えに来るという望みは消えてしまい、それからは孫が成長したらパパが引き取りに来てくれるという期待のまま現在に至っています。
期待・・・見事にはずれました。


自分の気持ちが第一のY君にとって、親としての責任など二の次なのでしょうか。それとも今は責任なんていう言葉はもう死語?
言われたくないんだよと、夫は言います。
そりゃ親と子とはいえ、女性はその始めから子供と動物的な関わりを持ちます。男性はその点、最初からつんぼさじきにおかれて、とても親子という感覚を持ちづらいのも事実。
でもいざ子供と対面してオムツを替えお風呂に入れ発熱した子供を病院に連れてったりするうちに、父親の自覚が湧くのでしょう。
そういう時期に離れていた報いは大きい・・・これはもう理屈ではないかもしれません。
そうだとしたら、仮に孫と一緒に暮らすようになっても普通の父親らしい感情が湧くかどうか。

そんな環境で育つとしたら、それもまた不幸です。
結局、どこへ行っても普通の生活はできないという孫の事実が残ります。。悲しい。

あまりのことで私の心は折れそう。
母とも暮らせず父からは拒否された孫と三人、これからの生活設計はやり直しです。

折れそうだからBlogにかくよと宣言。父親ってなんだ。責任はどこに?老幼生活の実態書いちゃる!




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