のろけではありません、「愛する」ということ

なあんて題名をつけてしまいましたが、今回は「愛する」ということについて。

毎日、毎晩、ずっと、夫は私のマッサージをしてくれます。それは、思い起こせば三年ほど前からです。
ちようど、私たちが一歳三ヶ月になるみほろを育てることになってからということになります。
当時私は早朝高血圧・狭心症の治療中でもあり、生活は毎日が怒濤のごとく・・・・の様相でした。

それ以前から長女宅への育児支援?で何年間も経っており、不定期ながら私の生活の大部分をしめていたことは確かです。
子育てが終わったと思いきや孫育ての日々・・・・

当時は四階建てマンションの四階にいましたので、一日に四、五回の階段上下は普通でした。もっとも、これがときとして七、八回になる日もあり、そんな日はさすがに全身フルフルの脱力感も最高になりましたが。
まだ次女とみほろが同居していた頃のこと、二人ともおう吐下痢の風邪になって、夏の暑い夜、二人の看病中、ぶっ倒れたこともありました・・・・

そんなある日夫が突然に「これから毎日全身マッサージをする」と宣言。
えーーーーーっつっっ・・嬉しいけれどいいのかしらん。まあ、やってくれるというから今だけでもやってもらっちゃおう、そのうち忘れ去られるかもしれないし。
と、最初は思ったのですが、それがまだ延々と続いているのです。

おかげで昨夏の東京通い中も、筋肉痛に悩まされることなく無事に乗り切ることができました。

〝いま死なれたら、倒れられたら困る〟から、〝少しでも長生きしてくれ〟という言葉に変わりました。最低でも30分、時には1時間ちかくぶっ通しでほぐしてくれます。
時には夫の背中を指圧してあげることもありますが、力不足と息切れで続きません・・

マッサージしてもらいながら、いろんな事を話します。情報交換もします。
ある日のこと・・・・ふと、夫が言いました。
「引っ越しして○○子は(私のこと)近所からサークルもすべての人間関係がゼロになったんだよな、それにミホロの育児でずっと家にいるし、歳も歳だし(なんなのっ)普通ならこれだけでもおかしくなるのに、精神力があるんだ、強いんだなぁ」と。

嬉しかった。
ここに、本当の私の心をわかってくれる人がいると。

強くなんてありませんよ。日々心模様は変わるんです。ヘンに落ち込んだり、ヘンにうかれたり、普通になったり・・・・・ただ、それを重大に考えないだけなんですよ。
それが人間じゃないですか、だって、生きているんですもの。ずーーーっと、平熱が続くなんてあり得ないとおもっているんですから。

理解されること。
信頼されること。
受け身ながら、こういうされ方は嬉しいです。今度は私が、理解しよう・信頼しようと自然に思います。

もしかして、若かりし日の「愛」が、こういう形で熟成されたのかもしれません。そのためにあれほどの諸々の、喜怒哀楽の経験が必要だったのかもしれません。
やっと、単なる言葉だけの「愛」ではないものに、たどりつくことができた様な気がする。
六十余年もかかって・・・・


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