言葉は諸刃の剣だから

ふだん何気なく話している言葉。
このごろ特に、そんな言葉に対していろいろと思うことが多くなりました。

それというのも、みほろと暮らしているので、この子が話せるようになった始めのはじめから、言葉の変遷につきあっていたからかもしれません。
喃語から赤ちゃん言葉へと続き、片言で意志が通じあえるようになって、今では語彙も豊になり様々なシーン別の想像まで、言葉にできるようになってきました。

話し言葉のエチケットを教えるのも私の役目。
ピンポーンとチャイムがなったり、電話が終わったあとには、やっと「どなた?」と自然に言えるようになりました。始めはそれこそ「だあれ?」でしたから。

それから先日、三つどもえの、ちょっとした誤解から小競り合いを・・・・・・
わたしが電話中のこと。その日は三人で久しぶりに外食にいこうかと話していたのですが、いかんせん。。私は電話に熱中してすっかり忘れ、延々と。
こりゃ、ばあばの長電話終わりそうにないと危機を感じた夫が、みほろに、ばあばにランチいくのか聞いておいでと伝言を頼んだ。
ところが私は電話中には誰が話すことも聞いてません、聞けてませんというか聞く気がありません

電話中は静かにと、エチケットを教えて居たので、みほろを一喝しました・・・・
涙目ですごすご引き返していったみほろ・・・・

あとで大げんか。
だいたい子どもに伝言頼む方がまちがってる!頼むのならメモ書いてくれないと伝わらない!電話中はしずかにしているようにしつけているのに~~~~うんぬん。と、くどくど。

と、これは私の言い分。
ランチ忘れた私も悪かった・・・んです・けれど、。

これは言葉が原因での小競り合いではありませんでしたのでちょっと余談。

きれいなバラにはトゲがある。
やさしい言葉には・・・・・何かがあります。でも、聞く方は心地よいし嬉しい。

優しい言葉もいいけれど、それを真ん前に押し出すのではなく、優しさのある行動や責任ある行為、覚悟があるかないか。その経緯のなかで紡ぎ出される言葉は、ある意味、決して優しくはないものが多いと思うのです。
断定したり、断ったりしなければならない言葉は、ふつう嫌われます。

でも、そうすることで真にその人が立ち直ったりするのなら。
その、ささやかなきっかけになるのなら。
真の優しさとは言葉では推し量ることはできないのだから。

冷たいとか、理屈っぽいとかいわれるのは承知です、そんなことに大義をおく必要がないから、、、
私はこれからも優しさと厳しさの間で揺れ動きながら、言葉を探し続けていくのでしょう。みんな途中、人生の、言葉の、生きる営みのすべてが、ゴールに向かっています。

"言葉は諸刃の剣だから" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント